後藤泰幸
Yasuyuki Gotou


Profile
後藤泰幸建築工房 主宰
大分県大分市牧上町16-7

1952 大分県生まれ
1974 日本大学工学部建築学科卒業
    以後、内藤建築事務所など幾つかの事務所を経る
1981 後藤泰幸建築工房開設、現在に至る



G−BOX


Bスクエア


陣屋の村温泉館


Bアパートメント


大分信用金庫滝尾支店


府内アネックス


伊東邸


岩里邸


TOYビル
訪問記への大分県の建築家の登場は、後藤さんで3人目である。大分市の浅井さん、豊後高田市の安藤さん、そして後藤さん。私が訪ねる建築家の作品は、どこか共通性あるが、大分の3人の建築家は、その作風に、いつもより差異がある。つまり個性がはっきり識別できた。似過ぎている高感度も良いけれど、「異なる」というのは、それだけで、別の楽しさがある。
中でも後藤さんは、クライアントの意思をしっかり認識して形にする。つまり自分の建築に対する考えと、商いとしての建築を分けて考えている様子を感じる建築家である。何がなんでも自分の作風にこだわる、というタイプでは無さそうだ。後藤さん自身も、地方で設計の仕事を続けていくには「デパートの大食堂のように、あらゆる用途に応じていかなければならない」と雑誌のインタビューで語っている。それは用途にとどまらないであろうことは想像できる。

大分に取材に行くので、近作の情報など聞かせて欲しい、と雑誌社の編集部を通して連絡を取ると、「自分の作品はともかく、今回は御案内に徹したい」と後藤さんから返事があった、と編集部からの電話。謙虚な人だ…と思いながら大分に出向く。大分市に入った日、建築家の辻さんと3人で会食した。後藤さんには、まだ青年といって良い雰囲気があった。辻さんの前で心配りも十分と見えたが、かつては「悪ガキ」だった、と思える影も感じられた。

後藤さんの尊父は、大学で建築を専攻し、鹿島建設に席を置いたことのある人である。そんな環境が、彼を建築の世界に導いたのだろう。大学卒業後に、いくつかの事務所を経て、29才の誕生日に自分の事務所を持った。爾来、大分市で活躍を続けている。

市内にある後藤さんの幾つかの作品を見る。欧州の様式建築の匂いや、セセッションの建築に見るモチーフの再現など、様々である。「グラム」は、彼が注目している材料である日田石を使った最初の作品。日田石は、日田市で採れる安山岩である。シックな材料である。後藤さんは本来、派手なデザインは好まないようである。「Bアパートメント」は、施主の「パリの建物を…」という要望に応え、彼もパリに赴いて「パリをコピー」して仕上げただけという。「Bスクエア」は、プロポーションも良いし、楽しいビルだ。ファサードに日田石を使用している。日田石でリレーフも仕上げている。モチーフは、ウィーンのオルブリヒ設計のセセッションに見る葉模様である。
私好みの作品は、彼の事務所であるG−BOXやI邸だが、見終った印象は、多分、彼はこれまでの施主たちに歓迎され、これからも、それは継続されていくだろうということだった。この地での存在価値を認識されている建築家の一人だろう、ということである。仕事上のトラブルが起きても「男じゃないか」と自己に言い聞かせて切り抜けていくような、昔気質の男の気分が、彼の中に潜んでいるように感じる。それが短い時間に私が感じた「後藤泰幸」という男の印象だった。高級外車に乗って街を奔走する彼に、なぜか昔気質の男の匂いを嗅いだのは、私の的外れの嗅覚だったのか、とも思ったが…。

大分駅近く、小さなラーメン屋で二人で食事。外は、空は重く暗さを増していた。 「気をつけて」「ありがとう」と別れの言葉を交わして、私は竹田に向かう。足元に、粗粒の雨が降りかかっていた。


WORKS
1986 G−BOX          大分市牧上町
1988 グラム               府内町
1989 Bスクエア              〃
    陣屋の村温泉館        大分狭間町
1990 Bアパートメント       大分市府内町
1991 大分信用金庫滝尾支店     大分市
1992 府内アネックス        大分市府内町
1994 伊東邸               上野丘西
1997 岩里邸            別府市
1998 TOYビル          大分市府内町


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