
ヤマワ改修

ヤマワ改修(南面)

笛木醤油店

相徳改修

服部民俗資料館

田中屋仲町店
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この連載と、雑誌・建築知識の新連載の取材を兼ねて、川越を訪れたのは、2ヶ月に及んだ記録的な長い梅雨のさなかだった。
それでも、その日は、時折、舗道に強い陽射しが落ちていた。道行く人々の、白い夏シャツが眩しい。
徳川幕府が、防火建築としての蔵造りを奨励したのは、享保5年頃といわれるが、現在の町並みを形成する蔵は、明治26年の大火以降にできたものがほとんどである。その蔵造りの町並みの、メインストリートに面して、笛木さんの事務所「醸建築研究所」はあった。彼の事務所も旧い民家である。笛木さんは、蔵などの旧い民家・商家などの改修の仕事を多く手掛けている建築家である。「醸」とは面白い事務所名だが、笛木さんは、比企郡川島町にある醸造元・笛木醤油醸造の次男坊である。
「醸=醸し出す」は、「設計は、空間の雰囲気を醸し出す」と解釈してつけた名前だという。
旧い建物の改修は、経験を積まないとできない仕事という。
多分、原形の美しさなどを生かすことが必務で、建築家の思いが多く加えられたりすると、全く違うものになってしまうなど、旧い建物の再生とは、遠くなってしまうからだろう。そういった例には、私も、時々出会うことがある。特にインテリアの改修がうまくいっていない例が多い。昔の建物の良さを忍んだり、造りの不思議をそのまま楽しむことも、改修する人間は考慮が必要だろう。あるべき壁を、ただ、機能優先で取り払ってしまうようなことは、どんなものであろう。
最近は、若い人も、こういった改修の仕事に目を向ける人が増えてきている、と笛木さんはいう。望ましいことだと思う。後は、これからの職人の養成が急務である。左官や大工、畳職人に至るまで、かつては、町のあちこちに沢山いた腕の良い職人たちは、近代化の波に押されて、仕事を失い、希少になってしまった。残った人達も高齢化している。再び、いわば「手作りの建築」の仕事が増えて、そんな人々が育ち、活躍できるようになると良いと思う。ゆったりと、良い仕事をする人々が、各地のあちこちで息づいて欲しいものである。
笛木さんの事務所に座っていると、時折、道行く人が、ガラス戸越しに中を覗く。模型などがいろいろあって、何だろうと思うらしい。通りの向かい家の屋根の上に、観光の目玉の一つである、時の鐘の上部が見える。外は、30℃を越しているようだった。
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