平野修一
Syuichi Hirano


Profile
平野修一建築研究所 代表
宮崎県日向市細島 7925

1949 日向市細島生れ
1974 大阪工業大学建築学科卒業
    大崎設計大阪事務所、バウ設計集団、を経て
1989 平野修一建築研究所開設 現在に至る



平野修一建築研究所







千歳不動産





日向の家





ZENTEN BILL


スポーツキャスターではないから、ジャイアンツのキャンプを追うわけはないが、 同じ時期に宮崎に行く。寒い時は暖かい国へ、暑い時は北国に行く、ヘソ曲りの自分でも、その辺りは素直である。南国市のホテルでは、広島カープと一緒だった。朝、出がけに、江藤、金本、苫篠の三選手とフロントで一緒だった。フロントのテレビでは、前日亡くなったジャイアント馬場さんの追悼放映をしている。彼らは、車を待つ間それを見ていた。ロビーには、他の客はいなかった。江藤選手は大きいなぁ…と思いながら、彼等を見送る形で、自分も外に出た。旅先では、時々こんな事もある。宮崎を取材してから、日向市に向かう。日向で泊まったホテルは「歓迎!近鉄バッファローズ」だった。あちこちに、球春の匂い溢れていた。

平野さんは、日向市の外れ、港の前に事務所を構えている。波のない穏やかな海、幾つも漁船が船溜まりで早春の陽を浴びているのが、窓から見える。前日の夜、宿の近くの料理屋さんで、平野さんと歓談した。今は、病院の設計で、暇では無い様子だった。

話を聞いていると、日向ものんびりはしているが、進歩的な人間が育たない土地の様子。平野さんと建築の話をする相手も少ないようだ。建築家の人や作品、建築ジャーナリズムのこと、話したくても相手の少なさが、平野さんを寂しくさせているのだろう。一生懸命に、若者のように熱心に話す彼を見ていると、今の建築を目指す若者に、この真剣さや情熱はあるのだろか、と思う。
平野さんの作品の幾つかを拝見。見慣れぬようなもの、驚くような表現はなかったが、下品なもの、雑な仕事は見受けられない。彼の感覚を、少なからず理解しているクライアントには恵まれているのだろう。それは、ものを創る人間にとって、とても幸せなことだ。

最近、友人の建築家に聞いた話で、数億の工事が暗礁に乗り上げているという。施主の御主人と何度も打合わせ、契約も済み、設計もした。ある日、突然、施主の奥方というのが、設計が気に入らないと騒ぎ出して、もう、ヒステリー状態で、全てが止まってしまったという。夫婦は、別れ話にまで至りそうだという。話の筋からして、どうも相当に趣味が悪い奥方かも知れない。趣味の前に、人間が悪質である。どうせ、ロクな女じゃない。工事の件はともかく、そんな女とは、旦那は、とっと別れた方が言い、と言った。この先も女運の悪さをひきずるなど、人生もったいないと、私は簡単に思ってしまうのである。そんな不幸な施主に当たる不運は少なくないのだろう。だから、平野さんは、幸せな方かも知れない、と思うのである。今の医院の先生も、時間たっぷり、自由に仕事をさせてくれる、有り難い施主だというから、のんびりし過ぎない方がいいよ、と言った。

美々津へ連れていってもらう。美々津は、耳川の河口の古い港町である。江戸から明治にかけて、上流の入郷地域の林産物が舟で美々津に運ばれ、回船問屋の千国船に積み替えられて、関西地方に送られて行くなど、かなり賑わった町である。今もここには、当時の家が多く残り、雰囲気のある集落の顔を見せている。昭和61年に、国の重要伝統的建造物保存地域指定された。大きくはない美々津の町を歩く、わずかに潮を含んだ風がある。宮崎市で、思いがけない雪にあったが、この日は、いくらか南国らしい陽が降っていた。こんな、散歩のような取材が、一番幸せである。土地の人の案内もある。旅費を賄ってくれる出版社もあって、自分も、良質のクライアントに出会えている今を感謝する。

美々津から僅かの所に、高鍋町という町がある。そこには、武家屋敷などが復元されていたが、美々津ほどの魅力はなかった。一回りして、「これから鹿児島の国分に行きます」と、平野さんに別れを告げた。大都会での苦労とは違う仕事上の苦労が、小さな地方の町ではあるようだ。私には、全く抵抗なく感じる平野さんの感覚も、こちらの人には、身近なものではないのかも知れないし、建築のデザインなど二の次というていたらくなのかも知れない。平野さんのやり場のない思いは、私が会う多くの建築家から感じる。それと同時に、癒着やゴマスリだけで仕事を獲得し、見苦しい建物を町に撒いて平然としているであろう人間の群れの存在を感じるのである。それは、油ぎった赤ら顔で、札束を握りながら、皆んなでケタケタと笑うのである。
負けるな!平野さん。


WORKS
1995 ファミーユ
    八興自動車整備事務所
1996 杉田邸
    キャンパスタウンまなび野住宅
    千歳不動産
1997 仁賀奈邸
1998 杉本邸
    田中邸
    山口邸
    ZENTEN BILL


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