
白鳥アトリエ

ピアノハウス (撮影:大橋富夫)

鵠沼海岸の家 (撮影:大橋富夫)

片瀬山の家 (撮影:大橋富夫)

大倉山の家 (撮影:大橋富夫)

覚園寺の家 (撮影:大橋富夫)


カーブドッチ


泉ビール苑

絵ごころの旅
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雑誌社の取材で各地を訪ねても、この建築家訪問記に紹介すべき建築家に会えないこともある。すると、関東に戻ってきて、東京近在の建築家を頼る。東京近在には、良質の多くの建築家がいるので苦労は少ないが、東京近辺ばかりでもまずい。先日、沖縄に行ったのだけれど、うまく建築家に会うことができなかった。ただ、南国の初夏の風に吹かれて帰ってきた。そんなわけで、鎌倉に住む白鳥さんに電話する。
白鳥さんとは、もう、かなり前からの知り合いである。雑誌・住宅建築の忘年会で会って、何となく意気投合した。その後、彼のアトリエを訪ねたりした。知り合う数年前、鎌倉に行った時、八幡宮から海に向かう通りで、素敵な家を見て、スナップ写真を撮った。後で、それが白鳥さんのアトリエと知った。以前から、インテリアを見たかったので、ゆっくりその目的を果たさせて頂いた。期待に外れなかった。
白鳥さんは私と同時代の人である。なのに、ひとまわりは若く見える。万年青年のようだ。若く見えれば、それだけで十分というわけにはいかないが、彼の若さは、中年女性が漆喰塗りのような化粧をしたり、おじさんのカツラや白髪染めの結果とは違う。気力や体力、考え方の柔軟さが、私は本当の若さだと思うから、彼はそういう内容も持つ人なのだろう、といつも思うのである。人には、4つの年齢がある。1実年齢、2見掛け年齢、3肉体年齢、4脳ミソ年齢。凡人ほど2に固執し、少し3には心掛けるらしいが、4には無頓着だそうだ。見えないからだが、話せば間もなく判明し、取り繕った見掛けの良さは壊滅する。脳ミソは、ヘアーカラーで即席には染めかえるわけにはいかない。彼は、自然に2を備え、4が豊かなのだろう。私のようにヘソ曲りで、「常識」を怪しむようなところも見受けられない。信用され、嫌う人の少ない人物像なのだろう。それだけに、少し、曖昧さを感じることもあるけれど、人は誰も完全ではない。
白鳥さんの作品は、都合、3件拝見した。アトリエと、新潟のワイナリー「カーブドッチ」「八海山泉計画=泉ビール苑」である。どれも秀れた建築で、好きな作品である。カーブドッチは、越後の旅の途中で、日本海の落日を見ようと浜に出た帰り道、薄暮の中の看板を見て食事に立ち寄った。全くの偶然であった。どうせなら、少しは雰囲気の良い店で…、と思ったので、看板デザインの秀れていると思える店を探しただけのことである。看板のデザインは、建物のファサード並に重要ではある。店の方に伺って白鳥さんの仕事と知る。前置き無しで自分が良いと感じた建物が、知人の仕事であるということは、非常に稀だ。それだけに異常に嬉しい。自分の趣味が、そう悪くはないという、仄かな自惚れと、知人の有能さに満足、満足、なのである。帰京すると、すぐに電話した。今度は、雑誌・商店建築の友人の記者、そして御本人も一緒に取材に行った。「泉ビール苑」は、その時に白鳥さんに聞いたのである。工事中も拝見した。雑誌・建築文化99・4月号に発表されている。白鳥さんの文章も出ている。少し、難しい。というか、こだわった文面であり、この字数では、言いたいことは言えていない様子でもある。建築家は、こんなふうに考えて、建築設計するものなのか、と思う。彼に限ったことではなく、建築家の原稿を拝見すると、時々、思うことである。私は、建築家にはなれそうもない。店を作る時は、どうすれば入りやすく楽しく、少し品の良いデザインで埋められるか、くらいしか考えられそうもないノーテンキだからである。
建築文化の写真は素晴らしい。白鳥さんの作品は、ずっと、私の師である大橋富夫さんが撮影している。白鳥さんと大橋さんは、白鳥さんが黒川紀章さんの事務所にいる時に出会ったようだ。黒川紀章さんの作品も大橋さんが、ずっと撮っている。師の大橋さんは、建築写真では日本でも屈指の人である。黒川さん始め、原広司さん、伊東豊雄さん、安藤忠雄さん、長谷川逸子さん、山本理顕さん等々、大橋ファンは、多彩な顔ぶれである。私は、素晴らしい師に出会えたことを感謝し、誇りに思っている。人柄も写真も、私は足元にも及ばない。師は、不出来で気楽な弟子の存在を苦々しく思っているかも知れないが、私は頓着がないから、いまだに親しく近づく。駄目な一番弟子だが、能力や人格の差はいかんともし難く、「仕方ないじゃん」と開き直るしかない。インターネットでは、師の写真の素晴らしさが伝わらないのは残念である。
白鳥さんは先頃、以前、ここで紹介した建築家・鈴木喜一さん、町並み保存などに力を注ぐ建築家・吉田桂二さんと3人で、「絵ごころの旅」(東京堂出版\2800-)という本を出した。どこの本屋さんでも売っているという本ではない。どこにもあって駄作、というのは山のようだが、このような佳作といえる本は、あっても、なかなか本屋の目立つ所にない。手にして読む価値十分な、魅力的な内容である。見掛けも中身もなかなか整っているので、是非、読んで欲しい。知人たちの本だからと、少し、押し売る気分もある。
白鳥さんが、時々、海外に旅をし、多くのスケッチを描いていることを知り、個展を勧めたのは私である。そして彼は、鈴木さんの持つ「アユミギャラリー」で個展を開いた。白鳥さん、鈴木さん、吉田さん、3人とも良く知る建築家たちである。3人とも絵がうまい。私も描く。そんな共通語と、優れた能力を持つ人々と知り合えたことを、嬉しく思う。瞬く間の人生の宝は、豊かな人との出会いや、イレギュラーに出くわした多種な体験だと思うからである。
白鳥さんも、鈴木さんも、1年に1、2度しか会わない。それで丁度良い。人は時々、なにげなく会うのがいいなぁ、と私は思っている。去年は、忘年会にも出なかったから、白鳥さんとは半年近く会っていないかも知れない。それでも遠く感じることはない。相変わらず、私はカメラ片手の寅さん状態である。今度はいつ彼に会えるだろう。彼だけでなく、友や知人たちを旅先で、ふと思い出し、元気かと思うことしばしばの昨今である。
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