
アトリエ(自邸)

悠仙洞


無量塔

海宴亭


亀の井別荘

緑蔭小舎

おかもと医院

海地獄長屋門
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建築ガイドブック「建築採集記」(全10巻)の1巻目が発刊された。その頃、私は熊本にいたと、前回に書いた。今回は、そのできたての本を取材用に持って、大分の旅に出た。
「建築採集記」九州編の旅の最後の県である。最後にしたのには、理由はない。ただ、大分は、石仏などが多くある国東半島や、臼杵、杵築といった昔町の存在が意識の中で大きく、魅力的な印象を持っていたので、食卓上の一番おいしいものを、最後に堪能するに似た結果になった。別府で、辻隆司さんという年配の建築家にお会いしてから、大分市に向かう。大分市は、著名な建築家・磯崎新氏を輩出した街である。私の旅の常宿的な存在であるWホテルに入る。一人旅の宿は、ちょっと洒落ていて、機能の豊かなビジネスホテルが最適である。温泉旅館などは、一人では居心地が良いとはいえない。俗に言う一流ホテルは、高すぎてムダである。
翌日、そのホテルに浅井さんが迎えに来てくれた。浅井さんは、かつて、前日会った辻隆司さんの事務所に籍を置いていた人である。市内の建築を少し見て、湯布院を案内してくれるという。天気もまずまずである。湯布院は、十年ぶり位である。まず、市内にある浅井さんのアトリエ(自邸)を拝見。品が良く、温かみのある建築である。印象的なガレージの戸の色が、建物にメリハリを持たせていた。奥から、浅井さんの奥さんが現れた。
挨拶をする。チャーミングな印象の人だった。浅井さんの家の近くに、大分前に磯崎さんが設計した岩田学園があったので、見る。古びていたが、なかなかの力作だった。
湯布院に向かう。湯布院には、「亀の井別荘」「無量塔」「玉の湯」という大きな三つの旅館がある。そのうちの亀の井別荘と無量塔が、浅井さんの仕事である。玉の湯は、以前、この訪問記に登場頂いた、福岡の鮎川透さん(環・設計工房)の仕事、と浅井さんの説明。亀の井別荘は、今も新しい施設を建設中である。その打合わせも少しあって、浅井さんは、私を案内してくれたのである。亀の井別荘の敷地は広い。ガイドブックに取り上げようと思うが、施設が散在していて、とりとめがない。1枚だけの写真で記すには無理があるが、テーマパークなども同じで、仕方のない事である。湯布院の浅井さんの作品には、「悠仙洞」や「緑蔭小舎」などの飲食施設もある。私は、「悠仙洞」と「無量塔」が好きである。特に、無量塔は、湯布院の街外れにあって、静かである。最近の私は、年の200日近くを旅に過ごす。前述のビジネスホテルを除けば、宿の選択基準は3つある。
食事や風呂などは、私にとっては二の次で、「親切、静か、清潔」の3Sである。親切は、従業員一人一人の人柄と教育で決まる。静かは、立地が静かなこと、団体がいないこと、贅沢をいえば、子連れもなく、カラオケもないことである。旅に出てまでカラオケで大騒ぎする人の気が知れない。街にカラオケ屋はいくらもある。清潔は、もしかしたら一番目にくる位大切なことで、汚い宿は、旅を台無しにする。無量塔は、そんな自分の望みを叶えてくれそうな宿に思えた。無量塔で、浅井さんとお茶を飲む。贅沢なインテリアで、ほど良い暗さが嬉しく、雰囲気満点。良い仕事である。
湯布院で数時間を過ごし、暫く走った所にある長湯温泉に行く。私は、全く知らない温泉だったが、近年、大変人気のある温泉場らしい。集落は小さい。町に一筋の川が流れている。川は町の雰囲気を一手に引き受けていた。川沿いに、新しい施設や、民家を改修した、浅井さんが手掛けた茶店のようなものもあった。旅館、公衆浴場、公衆トイレも良いデザインのものがある。みんな浅井さんと繋がりのある、良質な建築家の仕事だった。
類は友を呼ぶのである。店の川沿いのテラスに腰を下ろして、ジュースを飲む。そこより少し川上にある「御前湯」という公衆浴場の人が現れて、町興しの話などしてくれた。魅力的な会話をする人だった。旅は、二度と会わないであろう人との、瞬きの間の会話がある。それが、永く心に染みていることがある。旅の珠玉かも知れない。
長湯を後にして、彫刻家・朝倉文夫記念館に行く。人の気配も少ない、静かな山間の記念館だった。帰路、道を少し誤ったらしく、二人で迷子になったが、。浅井さんは、もともと、じたばたしない人のように見えた。拝見した作品から感じられたものは、地に足をつけた仕事ぶりだった。建築の基礎的な勉強をしっかりした人なのだろう。奇をてらうような事はしない人に見える。特に、旧い良い建物などを手掛けることは、知識や経験の豊かさが必要になろう。仕事に対する真摯な姿勢が感じられた。好きな建築家は、吉村順三、吉田五十八、コルビジェなどだという。頷ける答えである。
車は、どうやら軌道修正して、国道の坂道を、大分市に向かって下り始めていた。国道沿いに、伊東豊雄さん設計の町役場があったので、ちょっと降りて見た。夕日が、建物の側面を黄色く染めている。浅井さんのお陰で、いろいろなものが見られ、人にも会えた。
豊かな旅の一日の幕が下り始めていた。
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