平尾稔幸
Toshiyuki Hirao


Profile
平尾建築事務所 代表
札幌市中央区南5条西21丁目 円山時遊館

1953 北海道川上郡比布町蘭留生れ
1975 北海道大学建築工学科卒
    都市設計研究所入所
1987 平尾建築事務所設立、現在に至る




円山時遊館(Office)




北海道大学廣田記念剣道場



ミルチ&ミオポスト



北海道マイホームセンター



伏見内科


初めて、平尾さんに会ったのは、1998年の晩春だったと思う。雑誌・商店建築の連載の取材で札幌を訪れた。札幌では、北海道大学の角先生に、いつもお世話になる。原稿などをお願いしたり、何かというと角さんを頼る。期待以上に応えてくれる先生である。今年も初夏の頃にお邪魔した。黄昏に、角さんはホテルに私を迎えに来てくれた。涼風の札幌の街を、二人でブラブラと薄野方向に歩く。途中、建て替わってしまった中央警察署などを「惜しい建物を無くしたね」などと話しながら歩く。楽しい。中央警察署は、旧態を模しての建替えだが、何となく陳腐に映る。薄野近くの、暗く、窮屈な空間の店に入る。肴が旨いという。思わず「暗い店だねぇ」という。目の慣れない暗闇の中に、平尾さんが座っていた。「しばらくです」と言って、最も年寄りで体力のない私は、奥の壁に頼れる位置に座る。目は慣れてきたが、やはり暗い店だったが、蛍光灯ピカピカの店より、はるかに私には心地好い。

昨年訪れた時は「建築採集記」の取材がスタートしたばかりの時だった。その場には7〜8名の建築家などが同席していたので、「自薦のものの資料を送って下さい。私の基準ですが、宜しければ皆さんの作品を掲載したいと思います」という話をした。東京に戻って、暫くすると、平尾さんから資料が送られてきた。資料を送ってくれたのは、平尾さんと染谷さんという建築家だけであった。他の人は、多分、書籍掲載などに興味のない人達だったのであろう。平尾さんは、きっと、見て欲しいと思う気持と、人との接点を、とても大切に考える人なのだろうとも思う。
その時から、次回訪ねた時は、平尾さんと染谷さんには会うつもりでいた。「建築採集記/北海道・東北編」の札幌での取材が決まった時、またまた私は、角さんに電話して、去年の人達に声をかけて頂いて、暗い店での再会となったのである。

平尾さんは、朴訥な印象を受ける人である。実直そうである。…そうである、というのは、実証できないからだが、多分、当たっている。基本的に、角さんという人物が好きだから、その人の仲間は、とりあえず無条件に信用するのである。そのうえで、気持が会わない人とは、口をきかなければ良いと思っている。平尾さんと何を話したか、は良く覚えていない。良く覚えない程度の、とりとめのない話をしていのだろう。この連載の取材をしなければ…、などと思って、飲んでいるわけでもなかった。少しの酒に、仄かに酩酊して、私は、真ん前にいる平尾さんや染谷さんを見ながら、隣りで、サハリンなどの話をする、角さんの大きな声を聞いていた。

翌日、平尾さんは樺戸の方に仕事があると言って、若い男女の所員2人を私に付けてくれた。自分の息子と同世代の若者の、ミニ・クーパーに乗せられて、何時間も札幌の街を走り回った。洒落た車は、決して乗心地は讃められたものではなく、エアコンもなかったが、結構、楽しかった。平尾さんの事務所は、平尾さんと、この2人の若者で全員のようだった。
平尾建築事務所の作品は、4件見た。どれも気に入らないものはなかったが、驚くような斬新なものもなかった。それが平尾さんなのだと思う。自分の作品より、札幌で気になった建物を、若者に指示して私に見せてくれた。平尾さんとはそういう人なのである。札幌には、東京の建築雑誌に時々登場する、倉本龍彦さん、中井仁実さん、北海道建築工房の小室雅伸さんらの、秀れた建築家がいる。3人ともお会いしたが、平尾さんは彼等の間でも、好感が持たれているようだった。人も作品も良質といえよう。私のようなヘソ曲りの人間からすれば、かなり温かく、実直さが感じられる人物像といえる。

日暮れに、事務所に行った。平尾さんは戻っていなかったが、もう一人の若い女性がいた。事務所は「円山時遊館」と名付けられた、古いアパートらしい建物の転用だった。昭和10年の竣工という。事務所の内部は雑然としていた。忙しいのだろうけれど、建築家なのだから、もう少し心地好い空間にしたら、古い建物がますます素敵になるのに…、と思う。倉本龍彦さんは、整理整頓されていないと、仕事ができないという。私も、その種類の人間だから気にはなったが、人それぞれであり、結構、そんな状態の事務所は多い。

外に出て、円山時遊館の外観を撮る。「建築採集記」に使えそうだった。再び、若者の車に揺られて、ホテルに戻る。街が斜陽の中にある。日本全国、それぞれの街の、少しでも心地好い建築を目指して、平尾さんのような建築家たちが努力している。
けれど、街は上質とはいえないオーナーの下で、金のためだけに不愉快ともいえる建築を撒いている建築屋が席巻しているとしか見えない荒廃ぶりである。昨日、角さんに、「札幌の街で、素敵だと思える新しい施設などは、さっぱり見掛けない、無い所を選んであるいているのかなぁ」というと、角さんは「いえ、無いんですよ」と苦笑した。

若者に別れを告げて、ホテルの部屋に入ると、少しの疲れに溜め息が出た。


WORKS
1990 丘の上野リニアーハウス         札幌市南区
1991 北海道大学廣田記念剣道場        札幌市北区
1992 丘珠館                 札幌市東区
1996 ミルチ&ミオポスト           札幌市中央区
1997 北海道マイホームセンター札幌会場
    インフォーメーションセンター      札幌市豊平区
    伏見内科                札幌市中央区
1998 旭ケ丘公園パークゴルフ場センターハウス 倶知安町
1999 あい風の幸農村活性化施設        厚田郡望来村


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