染谷哲行
Tetsuyuki Someya


Profile
アルクム計画工房 主宰
札幌市中央区北4条西12丁目 OFFビル

1949 東京都生れ
1973 早稲田大学建築学科卒業
1974 北海道大学建築工学科修士課程入学
    アトリエaku設立(共同)、設計活動開始
1981 アルクム計画工房設立、現在に至る
    ※北海学園大学、北海道工業大学非常勤講師




アルクム計画工房事務所





新宮商行古梅研修所



古梅研修所付属庫



猿倉温泉



ペンション薫風舎



後藤純男美術館
建築家の染谷さんに、初めて会ったのは2年余り前のことだったろうか。北海道大学の角幸博先生の紹介だった。角さんとは、一緒に仕事をしたりする長い交友である。以前、ここに登場願った平尾さんも彼の紹介だった。つまり札幌に行った折に、角さんの親しい仲間の方と酒宴する場が、彼によって設けられていたのである。だから平尾さんや染谷さん以外の建築家の方も同席したのだが、私の本創りを含めた取材に応えてくれたのが、染谷さんと平尾さんだった。狭い、それでも肴が旨いという店の暗がりで会った染谷さんは、細身のやさしそうな人に見えた。初見は少し頼りない印象だったが、話してみると言葉は明解だった。

それから1年ほどが流れて、また、取材で札幌に行った。
そして、また、角さんにお世話になり、また、暗い例の店に行き、同じ壁際の席に座った。染谷さんも平尾さんもいた。
角さんは、最近ちょっとはまっているらしいサハリンのことを、熱っぽく話した。彼の話は面白いし、ともかく元気印で良い。翌日、染谷さんの事務所を訪ねる。軽いタッチだが、デザインは悪くない。事務所内は整理されている、とはいい難い。平尾さんの事務所と良い勝負で、僅差で染谷さんの勝ちかも知れない。こんな様子を見て、素敵なデザインはできるだろうか、とクライアントは不安にならないか、と余計な心配をする。建築家の事務所は、建材のサンプル帳などが多く、整理が大変なのだろうが、「整理されていないと仕事をする気が削がれる」と語った、札幌在住の建築家・倉本龍彦さんは稀な人種なのだろうか。私は、倉本さんと同人種である。その日は、取材があって平尾さんの事務所の若い人が、私の手伝いをしてくれるというので、染谷さんの事務所を待合せ場所にさせてもらっただけである。

10月半ば過ぎ、シーアイ化成の撮影で札幌に行く。かなり健康的な私にしては、絶不調だった。そんな時は潔く中止すれば良いのに、折角、来たのだから…という卑しい神経がミスを呼び、月末に再撮に行くハメになった。以前、染谷さんの事務所に伺った折にスナップした彼の顔写真が、いま一つということもあって、撮影の後で、シーアイ化成の人に、彼の事務所まで送ってもらう。事務所の位置などさっぱり覚えていなかった。並木の緑地帯のある道路に面していたよ、その程度の記憶である。

事務所の窓から、直射が入っている。そこでいいよ、と安直にいいながら、顔写真を撮る。「昔、藤塚さんに撮ってもらった写真を未だに使っているんですよ。後で、下さいね」という。顔写真だけはなかなか年取らない、というのは良くあることだ。建築家の長谷川逸子さんも、現実より20歳は若いであろう写真を長く使っていたような記憶があるし、安藤忠雄さんの写真も、いつも同じような記憶がある。藤塚政光さんは、とても素敵な写真を撮る人である。知合って30年以上は過つ。彼のような良い顔写真にはなりそうもない、人の顔だから、うまく写らない時は顔の所為にしようと思いながら、コンタックスのスケッチカメラで2〜3枚撮った。1分で撮影は終り。それから雑談。

染谷さんが、建築家になろうとした動機は稀薄らしい。実家が材木屋さんとのことで、少なからず建築に関わる環境には生まれた事は確かである。それでも大学も建築科に進み、入学間もなくに、建築家と建築士は違うらしい、と思ったという。建築士は、建築を完成させるための図面を作る人で、建築家は、建築を発想する人、そんな感じに若い染谷さんは受け取れたのだろう。大学の同期に古市徹雄さんなどがいる。内藤廣さんなどとも深い繋がりがあったようだ。ともかく、東京生まれの染谷さんが、何故北海道に居付いているのか。こちらの北大の大学院に入ったという経緯から、何となく仕事に入り、帰らなくなった、という漠然とした、しかも良くある推移である。仕事があれば、私も北海道はいいなぁ…と思っているから、居心地が良くて…というのなら、それだけでも納得できる。札幌のはるか郊外に、安い家でも借りて、角さんや染谷さんや平尾さんに頼んで、月に20〜30万円の仕事でも作ってもらって暮らしたいなぁ…などと、好都合のノーテンキを空想したりする。

染谷さんの作品の幾つかを見た。どれも彼の温かさと真摯な物創りが感じられて、好感が持てた。私の中での合否より、オーナーにとって抵抗の少ない、居心地の良い建築ではなかろうか、という気がした。美幌の新宮商行の研修所が一番良かった。

秋無しで、夏から冬に移らんばかりの今年である。それでも染谷さんの事務所の前の並木が、黄葉紅葉で美しい。駅まで彼の車で送られて、暫し、北の短い秋の匂いを嗅いだ。


WORKS
1982 アルクム計画工房事務所    札幌市
1983 新宮商行釧路事務所      釧路市
1989 新宮商行古梅研修所      美幌町
    安比高原スポーツクラブハウス 岩手県
1991 安比高原リゾートオフィス    〃
1992 猿倉温泉           青森県
1993 ファーム富田花人の舎     富良野市
1995 ペンション薫風舎       美瑛町
1997 後藤純男美術館(展示棟)   富良野市
1999 ファーム富田ゲストハウス    〃 

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